こんにちは!株式会社サンミライ開発、不動産事業部の藤木です!🙋‍♂️
今日は、お昼ごはんの話から始めさせてください。

令和8年(2026年)8月31日。夏休み最終日という言葉に、いまだに少しそわそわしてしまいます。この日は午前中に現場をいくつか回り、お昼をどうしようかと考えながら、福岡市中央区の平尾を歩いていました。

🏠 角地に建つ、まちのお豆腐屋さん

入ったのは豆藤さんという、まちのお豆腐屋さんです。西鉄平尾駅から歩いてすぐ。1階がお豆腐や厚揚げ、お惣菜の売り場で、2階が食事のできる場所になっています。

福岡市中央区平尾、角地に建つ木造とみられる2階建てのお豆腐屋さんの外観。葦簀と手書きの板看板
角地に建つ、木造とみられる2階建て。足元に置かれた板看板に、手書きで「豆藤」とありました

角地に建つ、木造とみられる2階建て。白い外壁の1階には大きな開口部があって、そこに葦簀(よしず)が下がっています。手書きの木の板看板に「豆藤」。白く塗った木の立て看板。2階は木枠のガラス窓で、表には緑のかごと台車、アルミの寸胴。全体に、経年の風合いがしっかり出た建物でした。

この葦簀、飾りに見えて、実はよくできた道具です。夏の日差しと照り返しを、窓の内側ではなく外側で受け止めてくれる。ガラスの手前で遮ってしまったほうが、部屋の中に熱がこもりません。昔から続く、道具ひとつぶんの工夫です。食べ終えて外に出たあと、つい建物を見上げてしまうのは、職業病かもしれません。

豆藤さんの1階の売り場。葦簀の下がった窓口と木の引き戸、店頭に貼られた案内
1階の売り場。葦簀の下がった窓口と、木の引き戸。貼り紙は伺った日のもので、内容は変わることがあります

築年数については、複数の媒体が「古民家を改装したお店」と紹介しています。ただ、築年を示す公的な資料は見当たりませんでしたので、私からは何年とは申し上げません。不動産と解体を扱う会社が、根拠のない築年を口にするのは避けたいところです。

木のお盆に並んだ定食。鶏の揚げものにタルタルソース、ごはん、豆腐の入った汁もの、れんこんの小鉢、厚揚げ
この日のお昼。木のお盆に、五品が並びました

🍚 木のお盆に、五品

出てきたのは、山盛りの白ごはん、白く濁ったつゆに角切りのお豆腐とネギが浮かぶ汁もの、鶏の揚げものに白いタルタルソースがかかった一皿、れんこんの小鉢、そして四角い厚揚げがひとつ。お品書きには「汁もの・ごはん・お惣菜3品」という組み立ての定食があり、お盆の中身とちょうど重なりました。ただ、どの定食だったのかまで名前を確かめてこなかったので、料理名の断定は控えておきます。

正直に申し上げると、白く濁ったつゆだったので、私はてっきりお味噌汁だと思って口に入れました。あとで調べてみると、このお店の名物は「豆汁(とうじゅう)」と呼ばれる汁もので、取材記事によれば、豆乳を使ったスープを自家製のお味噌で味付けしたものだそうです。あれがそうだったのかもしれません。知らずに食べて、あとから知って驚く。これはこれで、いい順番だったなと思っています。

厚揚げのほうも、生のお豆腐をその場で揚げるという、お豆腐屋さんならではのつくり方だと紹介されていました。

✨ 大正10年、八女で始まったお店

豆藤さんは、大正10年(1921年)に福岡県八女市で創業された、100年以上続くお豆腐屋さんです。四代目のご当主の代になってから、この平尾にお店を構えられたと報じられています。八女で始まったお店が、いま平尾にもある、という順番です。

お豆腐は今も八女の工場で毎朝つくられ、平尾のお店へ運ばれてくるそうです。原料は国産の大豆で、固めるのは天然のにがりだけと報じられています。もとは倉庫だった2階を食事のできる場所にされたことも、ご当主が取材で語っておられました。

つまり、私が座っていたのは「100年の商いの、いまの姿」でした。

🤝 平尾という街の、二つの顔

ここで少しだけ、街の話をさせてください。平尾は、駅や幹線道路に近い平坦な側と、坂を上った先の閑静な住宅地の側という、二つの顔をあわせ持つ街です。

通りの向かい側から見た豆藤さんの建物と、その奥に建つマンション
通りの向かい側から。奥にはマンションが建ち、手前にはこの建物が残っています

近くには「浄水通り」という道があります。この名前は、かつてこの一帯にあった平尾浄水場に由来するとされています。福岡市中央区の公式サイトによれば、福岡市で最初の浄水場として大正12年に完成し、昭和51年まで働いたとされ、その跡地が今の福岡市動植物園になったと紹介されています。平尾には、幕末の歌人・野村望東尼が暮らした閑居地「平尾山荘」もあり、福岡市の史跡に指定されています。

🛡️ 家は、家だけで立っているわけではない

私の仕事は、役割を終えたお住まいを、お別れの準備として丁寧に解いていく仕事です。そして次のオーナー様へ、土地をバトンとしてお渡しします。ご実家をどうするかのご相談をいただくとき、皆様がまず悩まれるのは「この家をどうしたらいいか」という一点です。

そのときにお伝えしているのは、家は、家だけで立っているわけではないということです。駅からの距離、坂の有無、近くにどんなお店があって、どんな方が歩いているか。ご実家の見え方は、その街の性格と地続きになっています。

そしてもうひとつ。解体か、そのままか、の二択に見えて、実は「あと何年、誰が手を入れられるか」という問いのほうが先に来ます。使う方がいて手が入り続けるなら、住み継ぐ道もあります。そうでないなら、感謝とともにお別れの準備をして、次のご家族へお渡しする道がある。どちらが正しいという話ではありません。だから私は、いきなり二択からは入らず、まず「これから誰が、どう使う可能性があるか」を伺うようにしています。

ご実家をどうするか迷っておられるなら、一度その街でお昼を食べてみるのも、悪くないかもしれません。査定の資料には出てこないものが、案外そこに見えたりします。

なお、営業時間やお休み、お品書きについては、この記事にはあえて書いておりません。お店の掲示(上から2枚目の写真に写っている貼り紙です)と、インターネット上に出ている情報とで、書いてあることが違っていたからです。こういうものは変わります。お出かけの前に、公式Instagram(@mamefujitofu)などでご確認いただくのが確実です。ごちそうさまでした。

残暑はまだ続きそうです。皆様も、ごはんをしっかり食べてお過ごしください。
それでは、今日も一日ご安全に!👷‍♂️

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